早いもので、今年もこの振り返りの時が来た。
今年は自分が年始に決めた「理想に生きる」「向き合う」「美意識」という3つのテーマを随分意識して過ごしてきたように思う。(年始に書いたこと)
その中で今年一年をひとことで表すと、「真の自由とは何か」。
年始から今年の私は意識高く自分が決めたことに忠実で、割とポジティブな状態でいることが多かった。コツコツ決めたことを繰り返し、その中で自分なりの気づきも得ながらとても充実していた。
ただ、安定してポジティブにいすぎると、そうじゃなくなったときに反対側(つまりネガティブ)にいくことを恐れ、後半は自分の内側が完全に崩壊した。
私はずっと自分は自由を生きているのだと信じて疑わなかったのに、誰よりも二元論の中にいてしかも絶対にこの場を譲らないと、偏った場所を固持して動けなくなっていたのだ。
その崩壊のきっかけとなったのが5月から頻度高く続けていたランニング。今夏の猛暑も関係ないほど走り続けたのに、10月の後半からは強烈な頭痛が始まって走ることができなくなった。
その間は潔く諦めて休息を優先したのだが、少しずつ快方に向かっていったとき、「今日は体調的には走れるけど気分的に走りたくないな」と思う日が増えていった。
始めは心の選択が大事だと思っていたのだけれど、日に日に甘くなる自分に「まって、このまま私は元の走る習慣のない怠けた自分に戻るのではないか、だとしたら今日走らねば、ああこうやって人間は築けたはずの理想から結局元に戻るのだ」、そんな脅迫のような思考に日々支配されていた。
このときに気づいたのは、明日の私も一ヶ月後の私も未来の自分の在り方は、今日の私の選択にかかっているという観念。これは今の私にはあまりにも重すぎる。
やらない選択をすることは許されないという状態は決して自由ではない。
私はできる自分が欲しいのではなくて、いつでもどんな自分であっても安心の中にいて、そこからなんでも自由に選択できる自分であり、それを前提に自分の核にあるものを思いっきりやりたいの!
真の自由ってそんな風にきっと軽くて優しくて力強い。そうやって、自己対話の答えに行き着いた。
いつも思う。お店でもやりすぎた時とできなくなるときに私は壁にぶち当たる。その後の選択は大抵休むか手放すか、だけど今のフェーズはそうじゃない。
どんなときも自分の意思で優しく心地良く選択できる自分。そして瞬間瞬間の自分を、未来からも過去からも信頼しているのだ。
そんなことをランニングに限らず、あらゆることに共通して俯瞰して捉えることができたのが今年の収穫だったように思う。
これはまだ気付けた段階で、体現の渦中にいる。痛みもたくさんあった年だったけれど、全てが必然で全てが学び。
これだと気付けた新たな生き方をより丁寧に自分の情熱を形にするために重ねていきたい。そうやって新しい年になっても流れるように私は人生を展開させていく。

