B最近店舗に加えた真鍮ライトの電球ひとつがすぐに球切れしてしまっていて

なんとなくそのままにしていたのだけど

一緒に購入したスツールの破損があったのでついでにと伝えていたら

今朝新品の電球が届いた。

ちょうどその直前に一人散歩をしていて

歩きながらこの先の自分の展開や

今イメージできている物事の何から手をつけようか考えていたときに、どこか浮き足だったざわざわした感覚があって気分が悪かった。

だからその一瞬の感覚を逃さずにしっかりと捕らえて

じゃあどういうところが嫌で、どうだったら最高なのか自分に問うたときバチっとはまる言葉を拾えたのだけど

その時の感覚がまさにこの電球が全灯してついに揃った!と言わんばかりのキラキラとしたもので、その感覚の一致を表す視覚的な出来事だった。

わたしにとっての大切な在り方、物事を形にする時の方向性とは

表現すること、深めること

いつだってベースにあるのはこの二つだ。

なのに今朝頭の中に繰り広げられていたことはそれが世に、人に伝わるか、そして広まるかをベースに物事を進めようとしていたものだから

体が縮こまる感じがしたし動けなくもなった。

広めちゃいけないわけでも伝えちゃいけないわけでもない。

ただ、わたしの物事を形にする出発点にそれを持ってくると全てがおかしくなる。

(意図せず結果的にそうなることとはまた違う話)

わたしの行為の本質、今世の役割にあるものはこの矢印じゃないのだ。

だからこそ違和感という名の自分のコンパスがこれでもかと反応してくれるのだけど。

違和感は自分の望みや夢、本当に体現したい在り方を教えてくれる最高の感覚だ。

そのセンサーはいつだって自分の魂のメッセージなのだから。

もっともっと既成概念や人の視線に囚われることなく

自分の感覚を信じ抜いて

自分だけの理想郷を、世界を構築していく。

その過程の中でなんどもなんども自分のベース、在り方に立ち返っては、自分自身と生み出すものを確固たるものにしていく。

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