ここ最近とても静かに生きている。
だけれども、もうわたしの心の中は確信と変容の連続で、ものすごく心が踊っている。
それは自分の核の核の核の部分すなわち源泉に繋がれたから。
コロナをきっかけに時代が大きく変わっているけれど、なんだかWEL’Lもこれを機に色々整えたいなと強く思った。
変えたいというより整えたいという感覚。
それは2年前にWEL’Lを始めた時の感覚から、変容と確信を経た今のリアルな感覚をきちんと形にしたいなという、そんなざっくりとしたもの。
それでまずは手始めにHPのコンセプトを一旦全て消してみた。
で、書けない書けないと悩む数日。
WEL’Lはなんのお店なのか。
いや、わたしはWEL’Lで何がしたいのか。
いやいや、わたしは一体何がしたいのか。
いやいやいや、わたしは今世何しにここに存在してるのか。
いつもいつも行き着く先は、自分。そして魂問題だ。
お客様が何を求めているかなんて初期段階では1ミリも考えられない。。
それはこれは他でもないわたしの人生だから。
自分の本音で生きて自分に納得がいくことでしかわたしには力がもてないから。
PCを前にぐるぐると書けない自分を微笑ましくも思いつつ、iPadのメモに落書き的に下書きを書こうとしたら、そこにコロナが流行りだした頃に書き留めたメモが出てきた。
そこに答えがあって、ハッとした。
ざっとそのメモを要約してみる。
コロナでマスクやら消毒グッズが高騰して、ものの価値ってなんなのか、世の中の価値はあっさり変わるけれど、個人個人で持っている美的価値は永遠に不変なもの。
例えば食糧難で食べ物の値段が高騰する。
そんな中でイナゴを食べなければならなくても、わたしは自分の大好きが止まらない器でイナゴを食べるんだったらたまらなく幸せ。
バーキンが宝物のわたしの友人は、戦争になっても災害が来てもバーキンに必要なものを入れてそれに喜びを感じながら持って逃げるだろう。
それはただただ自分だけの美しさだけでしかないからだ。
そんな何を思って書いたのかは謎なメモ。
でもそれを読み返したわたしはぴーーーん!ときてしまって。
つまりは自分だけの価値は不変なもので、世の中の価値はただの相場にすぎないと。
自分の中の価値は絶対的であり永遠に自分の真価なのだと、そんなことを思った。
そして人それぞれ持ってる価値観がどれだけ美しく素晴らしいものか。
これこそ自分が自分として生きる喜びなんだと、みんなが平等に持っている喜びなんだと。
わたしの在り方、価値観ってこれなんだよなーと思った。
そんなことを確信したらあっという間にWEL’Lのコンセプトが文字として形にできてしまった。
New Concept
“美しく在る喜びを創造する”
誰に何と言われようと
私たち人間には美しい、好き、素敵といった感覚の絶対的価値があるものです。
その価値が日常の衣食住や学びの中に溢れていたら人生はどんなに素敵なことだろう。
美しく在るとは
そんな自分だけの譲れないものを大切に大切に
日常の中で愛でていくことではないかと考えます。
日々身に纏うものや手にする器たち、目にするお花やインテリア
そして学び思考する物事。
そのひとつひとつが自分の美意識を高揚させるものならば
日常が非日常へと変わり、喜びで心が満たされ続けていくことでしょう。
自分の中の絶対的価値を大切にしていくこと
すなわち
美しく在ること
そんな喜びをわたしたちは大切に大切に創っていきたいのです。
意図していなかったけれど、この言語化がわたしをものすごくエンパワーした。
これはわたしの源泉だ。
源泉とはわたしの内側の深い部分から無限に沸き起こるわたしの富。
生涯をかけて自分の中で循環させたいもの。
お店を始めて2年越しにて、いや生まれて33年越しにてようやく自分のど真ん中のスタート地点に立てたそんな気持ちになっている。
これまで世の中的に自分の想いだけで生きて、それもお店なんかやって本当に大丈夫?
なんて考えがどこかわたしを揺るがせていたのかもしれない。
だけど、これだけ世の中の価値が音を立てて崩れていく中で、やっぱり自分の本音や絶対的価値というものが揺るがないものなんだ。
お店であれ個人の生き方であれなんであっても。
だからわたしはこの先地球がひっくり返っても何があってももう大丈夫だと思った。

Kanae Okamoto
岡本佳苗
