9泊11日、3カ国を家族4人で巡る旅をした。
夫も私も元々バックパッカーをしていたこともありそれぞれが30カ国以上を旅していて、なかなか合致して行きたい場所が決まらず。
今回は思い切って長男に行き先を委ねることにした。
「エッフェル塔とピラミッドに行ってみたい」
9歳の少年のその無知さと希望に満ちた一言。
それによりとんでもない距離感だけれど世界は丸い、今行きたいところに今行ってみよう!
そうやって翼を生やした私たちはトルコはイスタンブール(経由地として選択し滞在)、エジプトのカイロ、そしてフランスはパリへと飛んだ。

まずはイスタンブールで2泊

イスタンブールの街は歴史、宗教、建造物、食のバラエティの豊かさ、自然、と街に活気があって大充実

その土地の暮らしを垣間見る面白さを覚えた長男
今回の旅で新たな視点となったのは、陸続き隣り合っていない3カ国を立て続けに巡ったことで比較対象が日本ではなくなったこと。
加えてなんの先入観もない子供の目線で一緒になってその土地を感じられたことだ。
私たちは無意識にも小さな世界で生きてしまっている。
日本だとこうなのにねが徐々に薄れ、トルコではこうだったのにエジプトではこうなんだって新たに出会ったスタンダードで物事を捉えられることが何とも軸がない。
どんなに嫌な体験もサバイブ感があって掴みどころも比較基準というものもよくわからなくなってあらゆることが面白いと感じてしまう。

家族丸ごと根無草感覚、日本を介さない移動は本当に胸が躍った
イスラム教がメインの始めの2カ国、そしてエジプトからパリは途上国から先進国へ。
どの国も資本主義が根底にあってお金ありきで物事が成り立っていることを感じながらもアジア、中東、西洋と肌の色も価値観も思想もまるで違う。
信じている神がちがうのだから物事を一辺倒に捉えることは不可能に近い。
一括りにお金の存在を言い表せないというか、特にエジプトではしっかり物乞いにもあったことで、だけど物を乞わねばならない背景まで考えて子供に説明しなければならない。
ホテルでは少しの時間で済んだが断水と停電もあって不便さも体感した。
ピラミッドは圧巻だったけれど、ギザの街はお世辞にも綺麗とは言えず貧困を肌でひしひしと感じた。

ラクダに乗ってピラミッド周遊

人智を超えすぎていて宇宙だ

終始映画の世界に紛れ込んだかのような感覚

それ以外の現実、人と動物と車が雑多に行き交い道はラクダと馬の糞まみれでカオス
これが一人旅であったり大人同士の旅ならば、そういうもんだよねでスルーできるだろう。
だけど今回は子供がいちいち立ち止まって向かい合おうとするから、旅の先輩として自分が伝えたことに本当にそうなのかと都度疑問が湧き、それも新しかった。
当たり前のことが当たり前じゃなくなる世界線。
物乞いにも結局お金のために優しくしてくれている人たちにも(果たしてそうなのかは人によると思いたい)いちいち丁寧に対応する長男、何でも口に抵抗なく入れて衛生的にヒヤヒヤしたりだけど誰よりも柔軟に環境に適応していた次男。
旅の仕方がずいぶん確立してしまった私たち大人の行動、価値観をその土地というより子供たちに崩してもらえたように思う。
それにしても異なる宗教と思想、その上での貧困地域によそ者が上から目線でものを言ってはいけない、そんなことも強く思った。
自分たちは豊かで正しいなんてあり得ない、結局世界のどこにも正解なんてなくて、いろんな状態だったり生き方がいろんな形であるからこそ興味深いし面白いわけで。
それはまた住んでみたりその土地に根ざしてみたりしない限り語ることもできない。
閑話休題、そんな感覚のままファイナルデスティネーションParisへ。

途上国から美意識の塊の国へ
パリではホテルではなくエアビーを使ってのんびり暮らすように5日間を過ごした。

エッフェル塔まで徒歩10分で行ける好立地のアパルトマンを借りた
毎晩ご飯を作って大好きなワインやビールをたらふく飲み、毎朝美味しいパンを堪能。
旅の振り返りを旅先でするという何とも豊かな3カ国目。

素敵なカフェやレストランも嬉しいけれどやっぱりこのスタイルが一番すき

夕方買い出しに行き、飲みながらご飯を作る。いつもと変わらぬ行動をここパリで

たくさん歩き回ってどこを切り取っても美しすぎる街もしっかり堪能

居心地良すぎなチュイルリー公園
パリは何もかも洗練されていて楽しくて美味しくて美しくてそれゆえに五感が満たされた。
しかし国として根底にある美しさへのプライドと孤高さを強く感じて、永遠に溶け込めない感覚が消えなかった。
円安ということもあるが何でも高くてお金がないと暮らせないと感じるし、これは妄想の域だがそうだとすると食べるために働かねばならない。
背伸びをして生きるために働くエネルギーなんて、どこかに置いてきた今の私にはなかなかフィットしないのだと、勝手に拗ねていたのだと思う。
ただ、そこに暮らしている人たちには心底憧れてしまうほど格好良いスタイルがあって何度素敵と叫んだことか。
言葉にできない刺激を兎角受けたんだ。
あの洗練された存在感、何かが自分の深いところに火をつけた。
この感覚こそ私にとって何にも代え難くとても嬉しいものだった。

暮らし方も空気感も景観も全部がめちゃくちゃかっこいいのよ
だからこそまた自分を磨いて何度も来たいと思わせてくれる場所。
今回の旅で物事の基準がわからなくなったと言ったけれど、こうやって遠くにある今の自分が届かないと思わせてくれる場所にそれを一部置いてみるのも良いのかもしれない。
いつかまた来た時に前よりもしっくり感を感じられるようにもっともっと自分自身を洗練させていく。
そんな感じでざっくりだが、今回の旅の視点を記してみた。
世界はまだまだ奥が深くて、自分が経験したことのないものの見方も感覚も色も匂いもたくさんあるはずだ。
帰国して1週間が経ち、日常に戻ったわけだが目の前の一つ一つを異国の地にいるときのように新鮮な意識で向き合っている。
何が幸せで何がそうじゃなくて、何が正しくてそうじゃないのか。
そんな取り止めのない物事について答えを出すわけではなくただ考え感じ共有し合えることこそ豊かだと感じている。
大切なものはいつだって目に見えない。
そんなことを旅は私たちに実感として与えてくれるわけだから、これからもインスピレーションの中でまた軽やかに球体の上を飛んで行きたい。
そして今の自分が根を張った土地で自分らしく柔軟に堂々と生きていくこと。
一日一日を人生の旅の道中だと捉えて豊かに生きていくと腹を括った。

また来るね
Kanae Okamoto
岡本佳苗
