この世はよくできているなあと思うことは何かと問われれば
具体と抽象、と私は答えたい。
物事を具体と抽象で捉えると、具体はそれぞれちがうのに、抽象の次元では同じだ。
帽子も
ランジェリーも
アクセサリーも
装うもの
と抽象度を上げれば同じなように。
それぞれ違うように見えても、抽象度を上げれば同じものとして捉えることができる。
それは物事をカテゴライズしたり言語化するのにとても役に立つ。
そして私にはもう一つ、よく使う抽象化の方法がある。
それは物事を
感覚、で捉えることだ。
現実に起きていることは違っていても、安心する、高鳴る、解放される、苦しくなる等々
感覚のレベルまで抽象度を上げると、出来事の違いはあまり重要ではなくなる。
起きる出来事そのものよりも、その出来事からなにを感じているのか。
そうやって高い視座から見ると、感じるということはどんなものも差異はなく尊い、ということを思い出させてくれる。
わざわざこの世に生まれてきて、人間は一体何をしたかったのかと想いを巡らせた時
きっと私たちはどんなことも感じたかったのだ。
嬉しくても、悲しくても、悔しくても、感動しても、涙は出てくる。
それはきっと心と身体が動いているから、生きているからなんだと思う。
だから私は、どんな感覚感情も美しくて尊いものだと思っている。
それらはすべて、生きているからこそ味わえるものなんだ。
物事をそんな風に捉えると安堵する。
現実をきちんと見ること、つまりどんな具体もとても大切だけれど、いつだってその上げ下げができていたら飲み込まれない。
なによりも大切なことは、目に見えないものこそ丁寧に捉えていくこと。
だから私は自分のお店で、感覚を生むことを仕事にしたのかもしれない。
ものを売っているようでいて本当は、美しい感覚を手渡したいのだ。

高揚感、これを沢山散りばめたいのよ
Kanae Okamoto
岡本佳苗
