8年続けてきたお店の営業をやめると決断したのは、突然の思いつきだった。
そのアイディアが降りてきた時、感覚が確かに高鳴った。
4年前長男が病気で入院したことがきっかけだったか、自分の余白を完全に無くした。
自分一人の時間はとにかくお店を開け、あえて自由を作らなくなった。
コツコツ積み重ねる美学に生きたこの数年は、自分への強い信頼に変わっていった。
そのルーティンを壊すのが怖かったのだけど、人生は一度きりで、万物は流転する。
その真理を深いところで分かっているような気がしているからこそ、変わろうとする瞬間を丁寧に受け入れた。
高鳴らなくなったこだわりを執着というのかもしれない。
それを手放した瞬間の軽さはとても美しく思えた。
身近に感じてしまう戦争、物価高、円安、世の中が不安定すぎて、さらにはAIの進化もめざましい。
私たちは正解のない時代の変遷期を模索しながら生きている。
夢や理想なんて置いておいて、日々食いつないで生きていくだけで十分なんじゃないかと思う日もある。
ただそこには、感覚の高鳴りなどない。
だから私は、どうせ不安定な世の中なのだから、うまくいかなくて当然だくらいに開き直って、既成概念に囚われない生き方を選んでもいいじゃない。
そんなことを考えるとふっと心が軽くなって、なんでもいいやと羽が生える。
私は何をしに生まれてきたのだろう。
何を想い、何を見たくて、どんな感情や感覚を味わいたくて、この世界に存在しているのだろうか。
世界がどんなにぐらついていても
「自分の声は今日も聞こえてる?」と問われているようで
だからこそ私は、高鳴る方へ、心が動く方へ自分を進ませてあげるのだ。
新たな選択である完全予約制というスタイル。
閉鎖的なほうへ向かっていくことが怖い。
だけどそれを超えてこれまでの思考に縛られない自分にどこかワクワクしている。
うまくいくかどうかなんて全くわからないけれど、自分の選択を正解にしてあげることはできるはずだ。
結果に執着することなく、新しい生き方の中で、目の前にある自分のこれがいいの!を私は選び続ける。
Kanae Okamoto
岡本佳苗
