S物質的にも精神的にもあらゆる手放しを余儀なくされているここ最近の出来事の中で

今わたしは気分が良いわけでも悪いわけでもなく

2つ道があったとしたらそのどちらも条件が完璧に揃っていて

どっちでも選べるよみたいな状態にある。

 

身の回りで起きる不思議な出来事の連続もそれがどっちに進めと言っているのか全くわからないし

どっちにも進めるように解釈できる。

 

もうそれはウキウキワクワクとは違ってとてもとてもふわふわしている。笑

 

 

手放しが行き過ぎて

言ってしまえば

お店も手放すかくらいにまで思考がいってしまったんだけど(!)

 

ただ、今の自分の気持ちは手放したいわけでも、手放さなければいけないわけでも、かと言って執着したいわけでもない。

 

ただ区切りというものを感じていたりするのは事実であって。

 

 

 

でもここから何をどう選択していくかが今の分岐点の問いな気がしていて。

(むしろ生きるとはずっとこの問いの連続でしかないのだけど)

 

今あるものが全部なくなったら?という感覚を持たせるための今の出来事とも捉えられた。

 

 

結論お店は今はまだ手放さないというか、むしろちょっと新たな感じでやってみたいとなったんだけど

 

今回の一連の流れで

起きることに対する自分の視点がミクロすぎることにハッとした。

 

今を生きる、今の自分の感覚を羅針盤にする、今、今、今

 

 

そうやって物事を選択してきたつもりだったのだけど

 

なんだか

いろんな事象や状況に押しつぶされて、という概念を履き違えていたよね。

 

この頃の自分の視点はミクロというよりももはや視点の低さ、視野の狭さでしかないことにハッとした。

 

それに気づいた時

 

自分を表現したい、自分が納得いく生き方、自分、自分、自分

という視点にも今こそ広がりを持つタイミングなのかもという

 

マクロな切り口から自分を見られるそんな岐路に立っている気がしてならない。

 

それは

在り方を変えるというより視点を変えるという感覚。

 

 

 

一人が好きで

自分の感覚、感性が好きで

それを他者や外に存在するものに侵害されたくないという守りの自分が今のわたしを作ってくれたのは事実。

それがあってここまでやってこれたし世界観というものを確立できたと思う。

(形にするのはまだまだ過程の中にあるけれど)

 

 

でもその視点、姿勢こそもう手放しても良いのかもしれない

 

 

そんな風にちょっと思えたんだよね。

 

つまりは

内と外

他人と自分

過去と現在と未来

大いなる自分とこの3次元世界の自分

 

そういった切り離して考えていた概念を混ぜて溶かすように

自分の世界をもっと大きな視点で捉える

 

そんなイメージが今のわたしにはガツンときてる。

 

 

 

つい数日前に確信したことが姿を変える。

 

だけどそれは物事は変わっていなくてただ視点が変わっただけ。

 

 

今月のテーマ

柔らかく動く。

 

まさに

自分の抱く感覚を柔らかくして動いてく。

いや、むしろ物事を柔らかくして色んなとこから見てく。

こっちなのか。

 

 

そうやってまた進化でも成長でもなくただただ変容していくのだと思う。

 

やわらかく、ね。

 

最後まで非常に抽象的な文章だけど(読みづらくてごめんなさいね)、まだまだ現実もそんな感じでふわふわしてるわけで。

 

 

何が起こるのかわからないけど、自分自身の広がりを感じていて、少しだけ心が穏やかなエキサイトを起こしてる、そんな今。

 

 

 

 

 

 

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