Rここ数ヶ月、謎に人と会話した後に

擦り減る

という感覚がよくあった。

別に相手はわたしにネガティブなことを言ってきたわけでもなければ、むしろみんな至って優しくごく普通のありふれたものだ。

で、これは紛れもなく自分に原因があったという話で

今日久しぶりに似たような感覚に陥って、自分が話してることを分析して気づいた。

わたし

表面的なこと、身に起きたこと、世の中のことについてしか話していない。

その時間が多い、だから、だから擦り減るんだ。

物事の本質を捉えていないわたしの話は壊滅的に面白くないw

(相手が受け取ってるものはわからないけど、少なくともわたしは自分に対して不快なほど面白さを感じていない)

わたしはお酒を飲んで人と語ることがたまらなく好きだ。(唐突)

それはなぜなら物事の深いところまで話せるから、その人の価値観や哲学にグイグイ触れにいけるから。

そうすることで、わたしはものすごく高揚して、そして満たされる。

きっと通常思考の重いわたしは人にシラフでこんなこと話すやつなんてめんどくさいよねっていう自分の謎の制限?自分なりの節度?気遣いみたいなものが発動しているんだろうけど

酔っ払うことでそれらが外れて深いところにいきなり飛べるもんで

その瞬間に会話が対話に変わる。

そして何よりその対話から導き出される自分の今の価値観や信念が、アップデートされるように整理される感覚にたまらなく高揚する。

そんなことをパッと気付いた時に

だからきっとわたしのブログはいつもこんな感じで

書けば書くほど己が満たされるし

物事の本質を探りたくて、常々こんなことしか考えていなくて、こういうことをだれかといつも話したくてヒュッゲというものをお店でやろうと決めた時たまらなく心が踊ったのよね。

そんなことが繋がった。

そこからさらに少し前のことになるのだけど

WEL’Lの信念なるものを新たに書き直した。

昨年末、自分の弱さに打ちのめされて久しぶりに落ちるとこまで落ちた。

その時に自分の覚悟の欠如に気づき、目を覚ましたのだが

わたしは何がしたくて存在する?なぜWEL’Lをやる?

その問いが直球できて、それは自分の信念、使命とも言い換えられるもので暗闇の中の一筋の光となった。

その時に自分が書いていた信念を読み返すと

「美しく在る喜びを創造する」

この信念は紛れもなくわたしの核にあるものだった。

だけど何だか、その時の自分にグッとこないというか、伝わらないというか、もっとこうそれを目にした瞬間に力が沸き起こる言葉が絶対あるはずだと

何より自分が落ちた時にそれが原動力にならないことが、ズレのように思えて仕方なかった。

(後は自分自身の価値観が強くて、なぜWEL’Lをやるのかの理由になっていないと感じたのも大きい)

それで自分をしっかり見つめ直して向き合って向き合ってもう一度改めようと出ててきたのが

心が踊る、高揚する、そんな美しい感覚を日常に溢れさせること。

いつも、今日もずっと言ってること。

これが一番グッとくる、突き動かされる。

これは自分への覚悟の一つで

今のわたしにはなぜ自分がそれをやるのかを明確にしなければ、そうじゃないとこの先強く、そして色濃くやっていけないと

在り方ではなく使命という表現にした。

今思い返してみてもWEL’Lは不思議な流れの中で始まったものであり

後天的な存在理由をずっとずっと探し続けていた。(そしてそれをここに綴り続けている)

何度も何度もいろんなことをトライしては自分に問い

今この瞬間全てに共通している概念にいきつく。

わたしは心が踊ってる自分に生きてる喜びをものすごく感じていて、その感覚をWEL’Lを使って強く強く生み出していく。

間違っても何でもいい、いつもいつもわたしは気づきの中から自分をアップデートする。

その繰り返しで自分の核の核の核に触れていく!

いつしかの記事で

自分の中に循環しているものはセンスで、それを世の中にも循環させたいみたいなことを書いたんだけど

今でもそれは変わらず自分をエンパワーしていて

わたしがいつも意味するセンスって、感覚という言葉の方がしっくりくると、この一連の流れで気付いた、いや、繋がった。

心が踊る感覚。

高揚する感覚。

これがわたしにとってものすごく価値のある美しいもの。つくりたいもの。

だからグッとくる商品を販売したいし、自分を高揚させることで潜在するものに気づきそれで心を豊かにする学びの場を作りたいし、本質に触れる時間を作りたいし、わたしもいつだってここに自分の心が踊る文章を書きたい。

これまでの自分の本質にある気づきがどんどん蓄積されていて、でも何だかうまく繋がらなくて、何か起きた時にそれがうまく作用しなかった。

だけど少しずつ少しずつ体感覚で繋がりいつしか大きな原動力に変わっていく。

道に迷った時の羅針盤になる。

気づいて繋がってったことを思わず、わーっと書き垂れ流してしまったけど

相変わらずこのスタイルは読みづらい。w

つまり何が言いたいかと言うと

わたしはどんな時も核にあるものに触れ続けて生きていたくて、なぜなら心が踊って満たされるからで、そんな感覚を自分の中で循環させて世の中にも循環させるぞ、えいえいおー!ってことです。

(最後まで読んでくださった方に謝罪)

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