G最近わたしの頭の中は

与えること

ここにフォーカスしています。

 

できる限り思考をして目の前にいる人に今何ができるか

考え行動に移すこと

それを繰り返している3月です。

 

 

ちょっと前までは

与えるとは

物やお金をあげることだと考えていたのですが

お店をやって行く中で自分がとにかく人から目に見えないものを与えられることが多くなって

与えるという定義はどうやら物やお金ではないことに気づきました。

 

 

そのアクションによって相手が気持ちの良い感情を持つこと

それこそが与えること

 

これなんだと腑に落ちました。

 

 

 

誰かを紹介してもらえることや

自分やお店、ブログに共感してもらえること

心のこもったありがとうを言ってもらえること

ただ会いに来てもらえること

応援してると言ってもらえること

手伝ってもらえること

 

 

まだまだこんなもんじゃないのですが

これらはいつもわたしが世界から与えてもらっていることです。

そしてたとえ目に見えるものは手に入れていなかったとしても

わたしはただただ満たされた感情になるのです。

 

 

この与えるの定義を持ってから

これはいつ何時も誰に対しても与えることは可能だと思ったのです。

 

たとえお金をかけなくても

人に時間をかけたり

楽しい時間になるように自ら動いて工夫したり

代金以上のサプライズや癒しがあったり

とにかく感謝を言葉にしたり

相手を笑わせたり

 

これらはオーナーという役割としてやっていると言うより

自分の世界に登場してくれる人にどれだけ与えられるか、を自分の魂としてやっているという感覚です。(なんだそれかもですがw)

 

だけど

これ注意しないといけないのが

自分が枯渇しているときにやると

すごく見返りを求めてしまうのです。

 

 

こんなにやってあげたのにどうして何も返ってこないんだろう

ありがとうすら言ってくれないんだろう

 

人間ですからそんなことを思ってしまったりします。w

 

でもね、勝手に与えているのは自分だから

そこの論点はずれないように

そうなってしまった時は常に自分が満たされているかを見るしかないのですよね。

 

 

これってきっと与えるのファーストステップで最初につまずくところなのかなとも思っていて

まさにこの見返り問題の渦中にいるときにw

 

 

ドンピシャな素敵な記事に出会いました。

 

https://www.lifehacker.jp/2019/03/eudaemonics-in-our-era-volume-7.html#cxrecs_s

 

 

この記事はわたしの人生を大きく変えてくれた永崎ユウマさんが書かれたもの。

(この僕らの時代の幸福論シリーズの記事はとてもおすすめ!めちゃくちゃパラダイムシフトしちゃう。)

 

この記事では等価交換への執着が自分を不幸にしてしまうということが書かれています。

 

 

要はあげた分だけ返してもらうこと

もらった分だけ返すこと

 

 

それがで成立しないと不満に思ってしまうこと。

 

 

 

 

まさに

 

まさに

 

ちょっと前の無意識下のわたしでしたw

 

 

きちんとお返しするということは

日本人あるあるの、ある意味美学でもあり

それがきちんと行われないと

相手や自分すらも心で罰してしまうようなそんな謎の日本の伝統芸ですよねw

 

 

 

これを読んで自分に置き換えて考えたときに

 

 

不等価でなんら問題はないし

わたしはそれでも与える人でありたいと思いました。

 

結局世界に与えると与えた側がすごく気持ちが良いのですよね。

 

たったそれだけの話。

 

 

自分を満たして世界に与える。

 

まだまだ未熟ですが

毎日今この瞬間与えられるものは!?と自分に問いかけ続けて

実行していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー : blog
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